人気ブログランキング | 話題のタグを見る

オレンジというエロス

懸賞 2010年 04月 24日 懸賞

もう2ヶ月以上も前になるが、あたしは生まれて初めて、写真撮影のためにホテルを予約した。渋谷にある「サクラ・フルール青山」は、ヨーロッパ風プチホテルで、映画『ペネロピ』の日本公開の際、イメージルームとしてタイアップされたという真っ赤な部屋がある。その日はバレンタインデーだったが、あたしは真っ赤なその部屋を予約した。ただし一緒に泊まるのは秘密の恋人ではなく、たくさんのオレンジである。
街の果物屋さんというのはたいていちょっと古びていて、買うわけでもないのになぜかよく覚えているものだ。渋谷の果物屋さんはうるおぼえで、それは本当にあったのか、夢で見たのか、よくわからなくなってしまった。あたしはインターネットで検索し、記憶と結びつけ、大体の場所の見当をつけておいた。
ホテルでチェックインをすませ、部屋のドアを開ける。真っ赤な壁の前に、アイアンベッド。おそろいの椅子。パリッとしたシーツ。側面の壁には『ペネロピ』の写真が額に入れて飾ってある。
オレンジというエロス_b0122664_114027.jpg

あたしは大きなキャリーバッグを引きずり、渋谷の雑踏へと向かった。
果物屋さんはあたしが知っている店ではなかった。改装したのか、別の店なのか、わからない。オレンジは全部で20個。あたしが思っていたよりも少なかったけれど、とても大振りでおいしそうだ。「オレンジを全部ください」というと、お店の人はとてもびっくりして、あたしの顔をじっとみた。痛んでいるオレンジをよけて、19個のオレンジを買い、キャリーバッグに詰めて、また駅の雑踏へ向かう。
オレンジというエロス_b0122664_153193.jpgオレンジというエロス_b0122664_155411.jpg

ちょっと心細かったあたしは、青山に住む女友達に「お願い、遊びに来て!」と頼んでいた。オレンジを撮り終わった頃、1階のカフェで会うことになっている。
あたしは大急ぎで戻り、室内で撮影を始めた。
オレンジというエロス_b0122664_185520.jpg

夜、21時半、女友達が1階のカフェにやってきた。
「きれいなネックレス!」「ここにくるのに普段着じゃあと思ってあわてて付けてきたの。」「そんなふうにみえないよ。」いつものおしゃべりをしながら、「ほら」と、パソコンに取り込んだ、撮れたてのオレンジの写真をみてもらう。
「これ、きれい…」浴槽にオレンジをしずめて、懐中電灯で発光させたオレンジの写真を見て女友達が言う。
オレンジというエロス_b0122664_1103793.jpgオレンジというエロス_b0122664_1105415.jpg

テーブルに置いたオレンジのアップ、皮を剥いたオレンジ、濡れたオレンジ、浴槽に大量に浮かんだオレンジ、水に打たれるオレンジ、ベッドに転がるオレンジ、シーツに包まれるオレンジ、床に広がるオレンジ……
オレンジというエロス_b0122664_1154515.jpg

「あと、引き出しから溢れ出していたり、ドアから傾れでているオレンジがあってもいいかも。」と言われて、あたしもそうだな、と思う。

ずっとおしゃべりをしていたかったけれど、まだ撮らないといけないし、カフェは閉店の時間になってしまった。用意しておいた友チョコと、大量のオレンジを(強引に)プレゼントして、さよならをした。深夜、青山通りはシンとしている。気をつけて帰ってね。女友達は重たいオレンジを抱え、歩いて自宅へと向かっていった。

深夜、引き出し、ドア、冷蔵庫から溢れるオレンジや、ベッドの布団に埋もれたオレンジなどを撮り、眠りについた。
オレンジというエロス_b0122664_1221084.jpgオレンジというエロス_b0122664_1214331.jpg

オレンジというエロス_b0122664_1225698.jpgオレンジというエロス_b0122664_1235970.jpg

池田満寿夫の小説に『ミルク色のオレンジ』という作品がある。少女の頃に読んで、強烈な印象を焼き付けられたから、あたしのなかにあるオレンジは、あるいはこの小説が原点なのかもしれない。「オレンジはおいしいかい」という詩を書いたのは16才の時だが、小説を読んだのが先か、詩を書いたのが先か、あたしのオレンジの記憶はどこかで混ざり合ってしまって、もう思いだせない。どちらにしてもオレンジは少女の持つ「性」であり、それはどんなに濡れていても、熟しても、破れても、壊れても、大人の女にはならない。むしろ、植物的な生命力をもったエロスそのものだ。
19才の頃から、あたしのオレンジは次第に腐敗していった。キャンバスに描かれたオレンジは灰色がかっていたし、詩のなかに出てくるオレンジは「腐りきったオレンジ」だった。生命力は衰弱し、以降あたしは、離人症の現実に悩まされつづけた。
今になって突然、オレンジを撮りたくなったのは何故だろう? 衰弱し消えそうなあたしの前に、遠い日のあたしがオレンジをとどけにきたのだろうか? あたしは16才のあたしに助けられたのかもしれない。

by riz-blank | 2010-04-24 01:28 | 写真

<< 誰?   沼の前でこわい話をした >>